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クリスマスによせて ~母~

 
2006/12/24(Sun) Category : 未分類


Merry Christmas!

クリスマスは毎年やってくる。
だから、毎年その年の思い出がある。
忘れてしまったことも
クリスマスに思い出したりする。

子ども達にも、きっと何か思い出が
少しずつ重なっていくのだろう。


母からもらった、1個の瓶。

私の手荒れが、秋から春にかけて
とてもひどいので、
母お手製の手荒れ対策の瓶。

img20061224.jpg

レモンに、グリセリンに、
何かを加えてつくる
お手製のハンドケアの瓶。

まるでお砂糖づけの
レモンのように、
懐かしく甘い香りと
爽やかな色と

世界にたったひとつの
母のお手製の瓶づめ。




本当は、最近効果てき面のハンドクリームも
たくさん売られているのだけれど
それでも母は、毎年これを作る。

私の母は、20歳で結婚して21歳で私を産んだ。
若い母は、いつも授業参観の時の自慢だった。
いつもきれいにお化粧をして、
きれいな服を着ていた。

外にでると姉妹のように言われたことも何度も。
病気もしたことがなくて、
家事の文句も言ったことがない。
仕事はしたことがないが、
私に 「自由」を教えてくれた人だ。

母が、原因不明の病気に倒れたのは、
もう14年ほど前だろうか。
突然、全身が硬直してしまう。
あちこちの病院へ入院したが、
最終的にわかったのは、とても厳しい現実。

「多発性硬化症」通称、MSと呼ばれる
神経内科の病気だった。難病だった。

難しくは書けないが、自分の中の免疫が
自分を攻撃してしまう病気。

多発性ーつまり、何度でも起きる病。
治療法は、現在のところ急性の時に大量に投与する
ステロイド。 並大抵の量ではない。
または、インターフェロン。

何度目かの入院の時は、腰に炎症がおきて
下半身の感覚が麻痺した。
排尿もおろか、寝返りすらうてない。

医師には、いつ大きな炎症になって、
動けなくなるかはわかりません。
と、言い渡されていた。

発症するたびに、心臓がどきどきした。
救急車を呼ぶのも、すっかり慣れて
彼女の入院の仕度は、5分もあればできるようになった。

今度こそ、ダメか・・・
と思った時に、主治医に呼ばれた。

「彼女は歩いて帰ることができます。
 私が今まで診た患者で、排尿までわからない
 状態から歩いて帰る患者は初めてです。」

ただ、ただ、頭を下げて感謝した。
言葉もなかった。

「私が治したのではありません。
 彼女の、強い生命力がここまでに治せたのです。
 たった一人の娘の貴女のために、
 可愛い孫達のために、
 自分が元気でいなければと
 毎日私が病室に行くたびに
 言っていたのです。」

彼女は、何も言わない。
ツライとも、言わない。
いつも、ひとこと「心配かけてごめんね」
それだけだ。

それからも何度も何度も入院している。
先月も視神経をやられて、救急車にのった。

そして、また、復帰して帰ってきた。
入院するごとに、後遺症は強く残っている。
炎症の箇所は、しびれて感覚が極めて薄い。
立っている時も、支えが必要だ。

その母が、
今年も、不自由な手で、作ってくれた
手荒れのための、レモンの瓶。

娘が、「これ、おばあちゃんからママに。」
とテーブルにのせてくれた。

手が不自由だから、レモンの厚さも
切り口もガタガタだ。

胸がつまった。
母の言葉を思い出した。

「私は早く結婚してあまり社会を知らない。
 貴女には、ひとり娘ということで
 ずいぶん心配をかけたり、不自由な思いを
 させた。
 貴女は、貴女の生きたいように生きなさい。
 私ができることは、応援だけ。
 でも、生きたいように、生きなさい。」


母は文句を言ったことがない。
私を叱ったこともほとんどない。

仕事にでる時に、車の中から
母がやっと歩きながら、花に水遣りをしていた。

「ありがとう。お母さん。」

そのひと言を、言おうと思ったら、
涙があふれて、車の窓を思わず閉めてしまった。
とまならくなった。
声がでるくらいに、涙がでた。

私が言えるのは、自分の誕生日に
毎年、産んでくれてありがとう。というくらいだ。
今年は、入院している最中に、病院へ電話をして
言った。 それもいとも簡単に。

それでも母は、
「心配かけてごめんね。やりたいことを
 やりなさい。 身体だけはだいじに。
 私は大丈夫。 すぐに帰るからね。」

とだけ言う。
決してツライといわない。

母にもらった瓶を眺めながら思った。
明日は久しぶりにゆっくりと過ごせる。

今年のクリスマス、
私の思い出は、母への感謝。

母の存在こそが、そのままの存在が
私にとって、感謝なのだから・・・









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